おらがんまっち

北条地区 六軒町

たてやま おらがんまっち 館山市北条地区 六軒町

地域の紹介

自慢の山車 六軒町の成り立ちは、江戸時代初期に和歌山県より移住した人々の中の六軒の人々が房州の漁業開拓者として土着したと言われています。その六軒とは、伝右衛門(デーミドン)・由右衛門(ヨシミドン)・金助(キンスケドン)・勘平(カンベイドン)・惣助(ソウスケドン)・源七(ゲンシチドン)と呼ばれ、「ドン」とは「殿」のことで、この六軒にだけ用いられた呼び名でした。大正八年鉄道が開通、安房北条駅が六軒町に建てられたことにより、たくさんの商店が駅の近くに移転し、以来六軒町は大変な賑わいの時代を迎えます。そして北条はもとより安房の中心地として発展していくことになります。
 現在の六軒町は八つの町内会からなる千百八五世帯という大世帯。時代とともに人の流れや街の様相は変わってきましたが、六軒町は商業、観光などあらゆる面で館山の中心地として存在しています。
六軒町の中心にあるJR館山駅

自慢の山車

後藤喜三郎橘義信の代表的な大作の彫刻 六軒町の山車」といえば何といっても「黄金の鳳凰」。その大きさと堂々たる風格、金箔で染められた美しい姿は見事です。鳳凰が止まっているのは囃子座の柱から伸びた桐の木で、山車全体の大きな意匠が迫力を増しています。
後藤喜三郎橘義信の代表的な大作の彫刻 製作は明治二十年代前半に、地元大工の三木屋二代目・吉野伝蔵師によるものと伝えられ、彫刻は館山国分の彫工・後藤喜三郎橘義信の手によるもので、明治三十年頃の完成といわれています。金箔の鳳凰や竜虎、飛竜や孝子物語、上高欄の擬宝珠の巻龍など圧倒的な存在感を感じさせる山車に仕上
がっています。
 形は「江戸型山車」で、山車後部からは「誠忠の公」と呼ばれた鎌倉時代の武将「楠木正成公『桜井宿、子別れの場』」場面の人形をせり出します。先人たちの篤い崇敬の念により支えられ、昔のままの綺羅びやかさと繊細さ、さらに力強さをも合わせ持つ姿を守り続けてきたことが、六軒町の誇りです。

●製作年:山車本体・明治二十年代前半 彫刻・明治三十年
●大工:石井熊次郎
●彫刻:後藤喜三郎橘義信
●上幕:松に鷹
●大幕:竜虎
●泥幕:波に千鳥
●提灯:諏訪梶紋
●半纏:駒六

諏訪神社 館山市北条館山市北条一九八〇

諏訪神社地域の人たちの憩いの場でもある諏訪神社
祭神:建御名方神 (たけみなかたのかみ)
移築社 市杵島神社市杵島姫命 (いちきしまひめのみこと)
合祀社 元八幡神社 品陀和気命 (ほんだわけのみこと)
稲荷神社 倉稲魂命 (うかのみたまのみこと)

●例祭日 : 七月十五日
●宮司 : 酒井昌義
●社紋 : 諏訪梶
●本殿 : 瓦葺神明造
神社額
●拝殿 : 瓦葺
●鳥居 : 明神鳥居
●境内坪数 : 約九〇〇坪
諏訪神社拝殿福寿の井戸

由緒: 諏訪神社の創建は、享保九年(一七二四)には住民により諏訪講が作られた記録があり、その後に町の繁栄と大漁、海上安全などの諸願成就の祈願をこめて建立されたと言われます。主祭神は父神が大国主神(大黒様)である建御名方神で、古来より氏子達に限りなく恵みをもたらしてくれる「水と狩猟・農耕」の神として、また「武神」としても崇められています。
平成9年、境内に移転新築された「山車蔵」 諏訪神社は地域の人々から「お諏訪様」と呼び親しまれています。約九〇〇坪の境内は悉く整備され、春には桜の花がとてもきれいな地区民の憩いの場となっています。境内には市杵島神社(弁財天)や白壁蔵造りの「山車蔵」、水琴窟と呼ばれる神秘的な水の音を奏でるカメを応用した「手水舎」、お諏訪様のおいしい水が頂ける「福寿の井戸」などがあります。

やわたんまち出祭

鶴谷八幡宮入祭 例年九月の敬老の日直前の土・日(昔は九月十四日・十五日)に執り行われている「やわたんまち(安房国司祭)」に山車を出祭します。「やわたんまち」とは「八幡の祭り」が訛った言い方で、近隣町村十の神社より、安房総社としての鶴谷八幡宮へ神輿を渡御させる大祭です。
 六軒町の山車出祭は、祭礼を取り仕切る諏方神社奉賛会を筆頭に祭礼委員会が組織され、町内の総勢三百人以上の人たちで行われます。
半纏の駒六紋 「やわたんまち」では二日間の山車曳き回しが行われます。二日間とも午前中は、朝早くから町内曳き回しが行われ、初日の夕刻には旧北条村村社である北条神明神社祭典に出祭します。
 二日目の午前中には数年前から一般の人々を対象に、山車曳き回しの魅力を味わってもらおうと「お祭り体験学習」という時間を設けて実施しています。
鶴谷八幡宮入祭時の「百人踊り」 そして二日目の午後、鶴谷八幡宮への宮入が行われます。六軒町はじめ北条地区の山車、新宿の御船は昔からこの大祭への出祭を許されていることから、その時が「やわたんまち」の最大の盛り上がりを見せる場面となり、鶴谷八幡宮境内は立錐の余地もないほどの賑わいをみせます。
 六軒町の鶴谷八幡宮への入祭は、まず勢いをつけた山車が一の鳥居をくぐったところでピタリと止まってから、子どもから大人までの女衆による「百人踊り」が行われます。この踊りは、祭前の練習や手作りの扇など六軒町女衆の活躍によるもので、参道に集まった大勢の見物人たちを楽しませてくれます。
伝えられる六軒町の御囃子 そして二の鳥居から鶴谷八幡宮拝殿までは六軒町らしい小気味良く力強いお囃子とともに拝殿まで一気につける迫力ある曳き回しが最大の見せ場です。
 このとき、全員が伝統の駒六の半纏をしっかりと着ることや、拝殿につけた後にみんなが御賽銭を投げ入れ入祭を祝うことなど、六軒町らしいこだわりを魅せてくれます。
 先人たちが築いた伝統と仕来りを守りながら、遊び心のある人たちと花のある山車が相まって、六軒町らしい山車祭が執り行われています。
明治40年に撮影された六軒町の山車( 六軒町・辰野氏所蔵)

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館山市北条地区 六軒町(表面) 館山市北条地区 六軒町(裏面)

このパンフレットは、地域の方々からの聞き取りを中心に、さまざまな文献・史料からの情報を加えて編集しています。内容等につきましてご指摘やご意見等ございましたら、ぜひご連絡いただき、ご教示賜りたくお願いいたします。