カテゴリー別アーカイブ: 安房国札三十四観音

安房国札三十四観音

1番 那古寺

なごじ




補陀洛山千手院那古寺【真言宗】千手観世音菩薩
ご詠歌「ふだらく(補陀落)は よそにはあらじ那古の寺 岸うつ波を見るにつけても」
本尊:千手観世音菩薩 那古寺は坂東33番観音札所の結願(けちがん)寺(じ)でもある。開基は行基(ぎょうき)。中興の祖は慈覚(じかく)大師。源頼朝、足利・里見・徳川氏より庇護(ひご)を受け、鶴谷(つるがや)八幡宮の別当寺でもあったが、明治維新で寺領は没収された。元禄の大地震(1703)で倒壊し、大正12(1923)年の関東大震災でも被災したが、その都度再建修理され、更に近年大修理されている。千手観音菩薩の由緒は、養老元(717)年元正(げんしょう)天皇の病気平癒(へいゆ)のため、行基(ぎょうき)が海中より上げた異木(いぼく)で千手観音像を彫り、祈祷により快癒されたことによる。本尊のほか国指定の銅造千手観音立像や、県指定の阿弥陀如来坐像・観音堂・多宝塔などの文化財がある。また境内には大蘇鉄(そてつ)や、「此(この)あたり眼に見ゆるもの皆すずし」「春もやや景色ととのふ月と梅」の芭蕉句碑をはじめ、忠魂碑その他の記念碑・顕彰碑や、元禄時代の石灯籠、その他石造物が数多くあり見逃すのはもったいない。裏山には自然林があり、山頂の「潮音(ちょうおん)台(だい)」からの展望は素晴らしい。

住所 館山市那古1125
アクセス方法 自動車:富津館山道路・富浦ICから国道127号で約10分 電車・バス:那古船形駅から徒歩15分
TEL 0470-27-2444
備考 <お問い合わせ>
〒294-0045 館山市北条1879-2
館山市観光協会 TEL:0470-22-2000

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2番 新御堂

にいみどう



潮音山新御堂【真言宗】 聖観世音菩薩
ご詠歌「にいみどう みあげてみれば峰の松 くびこいつる(鶴)にかめいど(亀井戸)のみず」
現在の新御堂は本来真言宗の秀満院境内地である。秀満院は大正12(1923)年の関東大震災により倒壊していたため、昭和42(1967)年に新御堂(にいみどう)が旧寺地から移転してきた。旧寺地は県道を挟んで反対側の山の中段にある。堂内には明治3(1870)年につくられた大きな大黒天像も祀られている。境内の宝篋印塔(ほうきょういんとう)は明和5(1768)年のもの。この周辺は蔵敷(ぞうしき)といい、律令時代の役所である国衙(こくが)などにいた下級役人「雑色(ぞうしき)」を意味する言葉が地名となったものであり、安房国府との関連が考えられる地域である。ご詠歌にある亀井戸が「亀ヶ原」の地名の由来といわれ、旧寺地には亀井戸が残されている。また文化年間の火災にかかるまでは、お堂へかぶるように「峰の松」があったと伝えられている。旧寺地には正徳4(1714)年の石造地蔵菩薩像が立ち、現在地への入口になる辻の六地蔵と同時につくられている。

住所 館山市亀ヶ原808-2
備考 <お問い合わせ>
〒294-0045 館山市北条1879-2
館山市観光協会 TEL:0470-22-2000

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3番 崖観音

がけかんのん



船形山大福寺(通称:崖観音)【真言宗】 十一面観世音菩薩
ご詠歌「ふなかたへ 参りて見ればがけづくり 磯うつ波はちよのかずかず」
「崖の観音」で有名な大福寺は船形山の中腹にある。断崖の途中に張りついて見える赤い舞台造りの観音堂の中に「崖の観音様」が刻まれている。寺の由緒では崖観音は養老元(717)年に行基(ぎょうき)がこの地へ来て崖に刻んだと伝えている。その後慈覚(じかく)大師により堂宇が建立されたが、承応(じょうおう)2(1653)年の火災により朱印状・寺宝等すべて焼失、正徳(しょうとく)5(1715)年に諸堂を再建したが大正12(1923)年の関東大震災によってまたも倒壊、同14(1925)年現在の堂宇を建立した。崖観音は平安時代の中頃に造られたと考えられる磨崖(まがい)仏(ぶつ)として市の指定文化財である。船をふせた船底の形をしている船形山の観音様は、漁師などから海上安全の守護仏として信仰されてきた。船形では江戸時代から魚を江戸へ送っていたので、境内の灯籠などは魚河岸(うおがし)の魚問屋が奉納している。隣には船形の鎮守諏訪神社が鎮座しており、江戸時代までは大福寺が諏訪神社の別当を務めていた。堂の桁(けた)下には左甚五郎作といわれる十二支の彫刻があったが震災により損壊、現在は四支だけとなっている。堂の欄干(らんかん)越しの眺望はまさに絶景といえる。

住所 館山市船形835
アクセス方法 自動車:富津館山道路・富浦ICから国道127号で約10分 電車・バス:那古船形駅から徒歩15分
TEL 0470-27-2247
備考 <お問い合わせ>
〒294-0045 館山市北条1879-2
館山市観光協会 TEL:0470-22-2000

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4番 真勝寺

しんしょうじ



岩峰山(いわぶさん)真勝寺 【真言宗】 如意輪観世音菩薩
ご詠歌「はるばると のぼりて見れば真しょう寺 巡礼堂もたのもしきかな」
奈良時代、光明皇后は行基(ぎょうき)に2体の如意輪観音像の彫刻を依頼し、1体は安産祈願のため奈良の帯解寺(おびとけでら)に、1体は難産救済のため立田川に流された。その1体が岡本(富浦)沖で発見され青木真(まさ)勝(かつ)が引上げて、真勝寺を建立し観音像を安置したと伝えられている。如意輪観音は6つの手を持ち安産・火除(ひよけ)・厄除(やくよけ)の観音様として信仰され、当寺には安産の絵馬がたくさん奉納されている。石段の左手には樹齢600年、幹の周囲が2.8m程の犬(いぬ)槙(まき)、右手には少し小振りの犬槙があり、「ア・ウンの細葉(ほそば)」と呼ばれている。石段の中ほどには室町初期と思われる五輪塔がある。慶安5(1652)年の六面塔は各面にそれぞれの仏具を持った地蔵菩薩(六地蔵)が彫られている。石段の手前にお地蔵様とお不動様が安置されている堂もある。観音堂の裏手には万治4(1661)年・延宝元(1673)年の住僧の墓があり、周りの崖には古いやぐらがみられる。

住所 南房総市富浦町青木173
備考 <お問い合わせ>
〒294-0045 館山市北条1879-2
館山市観光協会 TEL:0470-22-2000

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5番 興禅寺

こうぜんじ



海恵山興禅寺 【臨済宗】十一面観世音菩薩
ご詠歌  「寺を見て 今はさかりのこうぜん寺 庭のくさきもさかりなるもの」
本尊:釈迦如来 興禅寺は鎌倉の円覚寺末で、里見氏や徳川氏から寺領を与えられていた。寺伝によれば貞和元(1345)年に夢窓(むそう)国師を開山として創建され、戦国時代に里見義弘の夫人(小弓(おゆみ)公方(くぼう)足利義明の息女)であった青岳尼(しょうがくに)を開基としたが、やがて荒廃した。延宝3(1675)年円覚寺の拙翁(せつおう)碩松(せきしょう)が再興にかかり、孫弟子無外(むがい)碩珍(せきちん)の代になって本堂が完成した。観音堂は弘化2(1845)年深名村の喜兵衛が本願人、青木村・南無谷村の大工棟梁らにより再建されたもの。堂内の厨子(ずし)は宝暦3(1753)年建立。市指定文化財としては、拙翁禅(ぜん)師(じ)が延宝3年に建立した青岳尼百年忌供養塔がある。他に享保12(1727)年に建てられた地蔵菩薩像、本堂改築などを行った9世住職孝岳(こうがく)を称えて大正12(1923)年建立された孝岳塔などがある。

住所 南房総市富浦町原岡275
TEL 0470-33-3796(宝鏡寺)
備考 <お問い合わせ>
〒294-0045 館山市北条1879-2
館山市観光協会 TEL:0470-22-2000

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6番 長谷寺

はせでら



海光山長谷寺 【臨済宗】 十一面観世音菩薩
ご詠歌「長谷寺へ のぼりて沖をながむれば にはま(仁浜)の浦にたつは白波」
大黒山の麓に位置する法福寺横の急階段を登ると、通称「堂山の観音様」と呼ばれる長谷寺がある。寺の由緒によると、天平の時代、聖武(しょうむ)天皇が病気平癒を祈願して奈良長谷寺に十一面観音を祀り、鎌倉長谷寺にも行基が2体の観音像を彫り安置した。その内1体は足利尊氏が武運長久祈願のために帰依(きえ)し、当地が岩山であることから永遠不変と考えて、御朱印300石と敷地一町四方を寄進し堂宇を建て安置したという。その後、尊氏の意思を継いだ4代将軍足利義持が僧木鐸(もくたく)とともに応永13(1406)年に当寺を開創したとされている。その後不運にも3度も堂宇が倒壊したが、信仰と再興に励んで今に至っている。お堂の左には三猿を刻んだ山王社と、捕鯨の醍醐(だいご)出刃(でば)組(ぐみ)が大正3(1914)年に海上安全と大漁を祈願して鎌倉から移した半僧坊(はんぞうぼう)が祀られ、境内左手の外れには元禄大津波の死没者供養のための海難記念碑がある。

住所 鋸南町勝山409
備考 <お問い合わせ>
〒294-0045 館山市北条1879-2
館山市観光協会 TEL:0470-22-2000

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7番 天寧寺

てんねいじ



瑞雲山天寧寺 【臨済宗】
千手観世音菩薩ご詠歌「天ねい寺 きいてたずねてきて見れば いつもたえせぬまつ風の音」
本尊:釈迦如来 建長年間(1220年代)に鎌倉幕府の評定衆二階堂隠岐(おき)入道(にゅうどう)行盛(ゆきもり)が開創した律宗(りっしゅう)の寺だったが、文和(ぶんな)元(1352)年足利尊氏が禅宗に改め、里見氏からは寺領を賜ったと伝えられている。明暦元(1655)年の火災で堂塔を焼失したあと、宝永4(1707)年、建長寺第一座白翁(はくおう)乾虎(けんこ)和尚の代に、背後の山上に観音堂を構え「正眼閣」と名づけて千手観音菩薩坐像を安置、浄財を集めて新しく石段108段を完成した。観音像は尊氏の時に中国の天寧寺からもたらされたもので毘首羯摩(びしゅかつま)の作といわれている。現在は本堂に安置されている。本堂は明治26(1893)年の建築である。仁王門は江戸末期に再建されたものだが、仁王像は運慶の作と伝えられている。掲額「房州古禅林」は山岡鉄舟の筆。境内には県指定天然記念物の柏槇(びゃくしん)の巨木があり、明暦の大火のあとを留めている。本堂南東方向には中世のやぐらがある。

住所 鋸南町下佐久間3180
TEL 0470-55-0639
備考 <お問い合わせ>
〒294-0045 館山市北条1879-2
館山市観光協会 TEL:0470-22-2000

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8番 日本寺

にほんじ



乾坤山日本寺 【曹洞宗】 十一面千手観世音菩薩
ご詠歌「はるばると のぼればにほんの山おろし まつのひびきもみのり(御法)なるらん」
本尊:薬師瑠璃光(るりこう)如来 薬師堂は平成19年に再建。日本寺は神亀(じんき)2(725)年聖武天皇勅願により行基(ぎょうき)が開き、七堂十二院百坊を持つ大寺であったという。昭和14(1939)年の火災で諸堂を焼失したが、観音堂と仁王門は火災を免れた。鋸山の景観は県の名勝に指定され、広大な境域には釈迦・薬師・大日の諸仏をはじめ大小の石像が数多く祀られている。特に千五百羅漢(らかん)群像は安永9(1780)年に高雅(こうが)愚伝(ぐでん)和尚が発願したもので、上総桜井(木更津市)の石工大野甚五郎が刻んだ。十一面千手観音菩薩像は慈覚大師の作とされ、観音堂は元禄13(1700)年の造営。正面の扁額(へんがく)「円通閣」は天保頃の旗本曽根懶斎(らいさい)の書である。元は南麓の岩殿(いわぶ)山にあって、岩戸観音と呼ばれていた。日本寺は古くから文人墨客が訪れて詩碑・句碑が多く、大蘇鉄も見所。また鎌倉時代の元亨(げんこう)元(1321)年銘の梵鐘は国の重要文化財である。

住所 鋸南町元名184
TEL 0470-55-1103
料金 拝観料800円
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9番 信福寺

しんぷくじ

鹿峰山信福寺 【曹洞宗】 如意輪観世音菩薩
ご詠歌「しんぷく寺 のぼりて岸をながむれば ほたのかわせにたつは白波」 
縁起によると平安時代の天安年間(857~859)に慈覚大師が草創したとされ、本尊の如意輪観音菩薩坐像は行基の作と伝えられる。戦国時代の弘治(こうじ)元(1555)年に野火の災いに遭い、寛文9(1669)年に村の名主高浜利(とし)盛(もり)や斉藤昌詮(まさあき)など村民の浄財で三間四面の観音堂を再興し、さらに上総国鮎川(君津市相川)の見性寺(けんしょうじ)から本清和尚を招いて中興開山とした。和尚は延宝元(1673)年に京仏師の大蔵卿康(やす)為(ゆき)を招いて如意輪観音菩薩坐像を再興している。この観音像は世間では「子授け観音」と呼ばれ信仰されている。堂内の格(ごう)天井には、県内でも珍しい易(えき)で使う算木(さんぎ)の絵が描かれている。これは必見。境内には正和(しょうわ)5(1316)年建立の弥陀(みだ)三尊種子(しゅじ)の武蔵式板碑(いたび)(町文化財)がある。安房地方では珍しいもの。なお、普段の納経所は元名(もとな)の存林寺である。

住所 安房郡鋸南町大帷子637
TEL 0470-55-1133(存林寺)
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10番 往生寺

おうじょうじ



金清山往生寺(密厳院みつごんいん)【真言宗】 聖観世音菩薩ご詠歌「おうじょう寺 登りて見ればちしゅの花 いつもたえせぬのりのこえかな」
寺伝によれば寛仁(かんにん)元(1017)年恵心(えしん)僧都が創建し、裏山の通称観音山の頂にあった。聖観音像も恵心僧都の作といわれている。ご詠歌の「いつも絶えせぬ法(のり)(読経)の声かな」からは栄えたことが伺えるが、やがて山頂の往生寺は廃されて観音像は、阿弥陀如来を本尊とする麓の密厳院に移された。密厳院は里見氏や徳川氏から寺領30石余を与えられ、かつては山門に向かって一直線に伸びる長い参道があった。現観音堂は明治2(1869)年、密厳院本堂脇奥に阿弥陀堂として建てられたもので、明治42(1909)年に現在地へ移築して観音像を安置した。堂内には不動明王坐像、享保(きょうほう)15(1730)年奉納のご詠歌額及び明治4(1871)年奉納の句額がある。山頂には住職墓地や光明真言(こうみょうしんごん)三千万遍供養塔が残されている。

住所 安房郡鋸南町上佐久間1241
備考 <お問い合わせ>
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